Elysium

ネタ帳

かき氷

「やっぱり夏と言えばコレよね!」

機械のハンドルをぐるぐると回しながらテーブルに座る男二人にニッコリと笑いかけるブルマが作っているのは、
『かき氷』
毎度お馴染みの夏のおやつである。

ベジータがこれを初めて食べたのは地球に住み始めた次の年の夏だった。
あの時の率直な感想は、「氷を削って食べようとする地球人はやはり変わっている」だった。
しかし、いざ食してみるとこれがなかなかどうして喉越しが良くて美味い。すぐにやみつきになった。
普段、甘い物を嫌うベジータは皆とおやつの時間を楽しむということは滅多にない。
けれど夏場、かき氷が振舞われる時期だけはこうしておやつの時間に現れるのだ。彼自身も夏場限定仕様だった。
ブルマも期間限定とはいえ滅多にない夫とのおやつの時間を持てるのを嬉しく思い、夏になると必ず、それも頻繁にかき氷機を出すようになった。

「はい、出来たわよ。シロップは?」
「いつものでいい」
「抹茶ね。あずきも乗せると美味しいわよ?」
「…いらん」
毎年同じやり取りをしているのに、何度断っても同じことを言う。
最初は学習能力がないのかとブルマの記憶力を疑ったものだが、いつしか彼女が楽しんで言ってるだけだと気付いた。
今では、かき氷を食べる前の一つの儀式のようなものだった。
「ママ〜?ボクのは?」
最近、やっと日常生活での意思疎通が可能なレベルにまで言葉を話せるようになったトランクスが早く早くとブルマを急かす。
「そんなに慌てなくてもすぐに作ってあげるわよ」
残り少なくなっていた氷を新たに補充しブルマは再びハンドルを回した。
「ホント、せかせかと人を急がせるところなんてパパそっくりなんだから」
心外な、と言えないのが残念だ。とベジータはかき氷を口に入れながら思った。
人造人間が現れる前ーー超サイヤ人になる前のベジータは特にーー、彼女の都合も考えず、無理なトレーニングを繰り返し、重力室を壊してはその修理を彼女に急かしていた。
普段比較的大雑把に物事を考えるーーとベジータは思っているーーブルマでも、あの時はベジータの体を案じ、また何度も何度も繰り返し依頼される重力室の修理に嫌気が差し、彼と何度も何度も衝突を繰り返した。
まさかあの頃の事を根に持っているのだろうか?
ベジータは何故か心が落ち着かなくなりブルマに気付かれぬ程度にそっと彼女を伺った。
彼女にだけは嫌われたくない、という彼にしては少々女々しくも感じるその感情に自身が支配されていくのが嫌で堪らなかった。
そして周りにはどうしても気付かれたくなくて、こういう気持ちになる時は神経を集中し防御を固めるのだった。
全く、俺らしくも無い。と胸の内で自分に言い聞かせながら…。

「わあ!ボクのもパパとおなじみどりいろだ!」
彼の息子が喜び上げる声にベジータはハッと現実に引き戻された。
「あら、緑は緑でもちょっと違うのよ?トランクスのはメロン味♪」
「めろん?」
「そう、メロン。知ってるでしょ?あの丸〜い美味しい果物よ」
「うん!しってる」
トランクスがかき氷をスプーンで掬って口の中にいれる。
「おいしい!」
「でしょ〜?メロン味は食べてるうちに舌が緑色になっちゃうのよ」
「え!?ホント?」
「ホント。パパの抹茶もそうなのよ?ね、ベジータ?」
「パパ、ホント!?」
急に話を振られ、ベジータはうっと言葉を詰まらせた。
舌が緑色に?そうだっただろうか?あまり深く考えていなかったので気付かなかった。
ベジータ、見せてあげなさいよ。トランクスに。」
「な、何…?」
まさか舌を見せろと言うのか!?
お前じゃあるまいし、そんなはしたない真似など出来るものかとベジータは思った。が…
「トランクスも見たいわよね〜?パパの緑色の舌!」
「うん、みたいみたい!みせてパパ!」
「うぐっ」
この女は〜〜!子供を使ってでも強請るのか?
だが、見せて見せてとまるで呪文のように唱え続ける二人に根負けした。
もうどうにでもなれという気で舌をだした。
ペロッ
「わあ!ホントにみどりいろだ!」
「ね、言った通りでしょ?」
言いながらベジータに向かってウインクするブルマに彼は若干頬を赤くしプイッと明後日の方向に顔を背けた。
「もう、照れちゃって♪可愛いんだから」
「……お前な…」
「な〜に?」
幸せそうに笑って首を傾げるブルマにベジータは再び言葉を詰まらせた。
「何でもない」
まだ残っているかき氷に視線を戻す。こういう時は早く食べて早くこの場から立ち去るに限る。
ベジータは慣れない感覚に戸惑っていた。
再び食す事に集中しだした彼を暫く見つめていたブルマは忘れていたとばかりにあっと声をあげると今度は自分の分のかき氷を作りに機械の所に戻っていった。

「結構作っておいたのに氷がもうないわぁ。」
サイヤ人に食べ物を振る舞うのは準備にそれ相応の時間を要するのに、無くなるのはほんの一瞬だ。
ブルマはもう慣れっこだけどねと笑う。
「ね〜みどりいろになってる?」
トランクスが舌を突き出し両親二人に見て見てと自己主張しだした。
ベジータはそんな息子に眉を顰める。
子供はすぐに大人の真似をする。これだからベジータは息子の前で、はしたない真似はしたく無かった。
「バッチリ緑色よ。パパと一緒ね!」
「わーい!」
一体、何がそんなに嬉しいのかと思う。舌が緑色に染まった親子などカッコ良くも無いだろうに…
「ママもみどりいろ?」
「ママは緑色にはなってないわよ。食べたのはイチゴ味だもん」
「そうなの…?」
少し残念そうに呟くトランクス。ブルマと同じく喜怒哀楽が激しいのだろうかとベジータは訝った。
もしそうだとしたら感情を極力表に出さないように躾けなければならないなと頭にインプットする。
トランクスが今より大きくなったら戦場に出ることもあるかもしれない。
そうなれば、ひとたび戦場に出て対戦相手に感情を読み取られてしまったら、それによって形勢が不利になってしまう事もある。
場合によっては最悪命を落とすこともあり得るのだ。それでは困る。
実際の修行を始められる年齢に達するにはまだまだ時間が掛かるが…今から感情のコントロールを指導する事はできるだろう。
「トラ…」
「ママの舌はたぶん赤くなってるわね」
「えっ!?そうなの!?」
「ほら、どう?」
ペロッ
「あ!まっかっかだ!」
「真っ赤っかってそこまで赤くはないでしょ〜?」
「アハハ!ママだけなかまはずれ!」
「こらぁ〜トランクス?」
「アハハハハハ」
「…………。」
…躾どころじゃねぇな。ベジータはハァと溜息を吐いて肩を落とした。
ベジータからすれば自分こそ仲間外れだと思う。思考の面で…。
「な〜に、ベジータ?溜息なんか吐いちゃって」
「何でもない。いちいち構うな」
「相変わらずツンツンしちゃって、もうかき氷の効果は切れちゃったの?」
ふん、とベジータは鼻を鳴らした。お節介なくせして肝心な時にこれだ。
たぶんこの女には一生俺の気持ちなど理解できないだろうと思う。
「パパおこってるの?」
ちょっとな。
「ぜーんぜん怒ってなんかないわよ!パパったらママと舌の色が違うから拗ねてるのよ」
「すねる?」
「がっかりしちゃったってこと」
「そうなんだ!?パパ!ボクとおんなじだよ!」
だからしんぱいしなくでいいよ!なかまはずれじゃないよ!
そう言ってベジータを励まそうとする息子の姿にベジータは再び溜息を吐いた。

けれどこんなのも悪くないと思っている自分が存在していることを
そうとは知らず、それでも確実にベジータは自覚しつつあった。


おわり


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夏、ですね…
氷食べたいです