Elysium

ネタ帳

幸せの便り

ブルマは今さっき届いたばかりの郵便物にさっと目を通しながら溜息を吐いた。
三十路を過ぎると友達や同級生たちからの幸せの便りが引っ切り無しに届くようになったように思う。
二十代の頃は結婚なんてまだまだ先で興味ないわよと言っていた独身主義の友達でさえ三十路になると心境が変わるものらしい。
気が付けばこうして突然結婚式の招待状が届くようになった。
しかも今回は、仲間内で最も結婚に興味を示さなかった友達からの便りである。
驚きを通り越して先を越されて何だか悔しいような気分になった。
かといって彼女の幸せがこれからも続くよう願っていないわけではないが…。
「結婚か…。」
ヤムチャと別れて、ベジータと深い関係になって、早くも半年が経った。
しかし結婚なんて自分にはまだまだ遠い、無縁のような世界に思えた。
いつまでもこんな状態を続けたいとは思わないけれど、一筋縄ではいかない相手を好きになってしまったのだからどうしようもない。
思い返せばブルマは人一倍、恋人や結婚といったものに憧れを持っていたように思う。
だからこそドラゴンボールを探し、悟空と出会い、後にはこうしてベジータとも出会うことが出来たのだ。
それなのにいつしか理想と現実は違うのだという事を思い知った。
初めて愛した人は自分だけを愛してくれるような人ではなく浮気を繰り返すような人だったし、
今愛している人は浮気を一度もしたことがない代わりに愛情そのものを未だに理解していないのではないかと疑ってしまうような人物だ。
「男運…ないのかなあ…。」
はぁ~とブルマは大きな溜息を吐いた。
けれどすぐに首を振ってそんな事を考える自分を諌めようと試みる。
「ダメダメ!こんなことで落ち込むなんて私らしくないわ!そう!他の人は他の人!私は私よ!」
でも…それでもブルマの心は完全には晴れなかった。
何しろ自分の未来が全く見えてこないのだから…。


その日の夜遅く、外の修行から帰ってきたベジータはドロドロになった体を洗い流し、軽く冷蔵庫のものを漁って中のものを食べると、次はいつものようにブルマの部屋に足を向けた。
ここに住み始めた頃は彼女の部屋を訪れるなど想像すらも出来なかった。
彼女が言う『悪いこと』に興味があったわけではないし、彼女にはそもそも男がいた。
それに何よりも自分には成さねばならない事が山のようにあった。
しかし、いつからか自分の中に彼女が住み着くようになった。
それによって生まれた不愉快な感情。それでも彼はその感情に振り回されることなく日々修行に励んでいた。
それなのに……。
ブルマとあの地球人の男が別れたと知った時から、それまでとは何もかもが変わってしまった。
彼女が何を思い、自分に近づいたのかはわからない。
けれども気が付けばそれに縋るように彼女を掻き抱く自分が居た。
……。そして関係を持った。
今もその関係は続き、自分はそれを手放したくはないと思ってしまっている。
全く呆れたものだ。と、ベジータは自分自身を罵った。
そうしたところで何も変わらないと気付いているのに…。


ベジータ…」
ベジータがブルマの部屋に入ると彼女はまだ起きていた。
深夜とまではいかないにしても最近のブルマなら『仕事が忙しかったから疲れた』と言って寝床に入っている時間帯だ。
けれど今は机に向かい何やら書き物をしている。
彼はその彼女の横に並ぶと何を書いているのかと彼女の手元を覗き込んだ。
「これ?友達に手紙を書いてるのよ。結婚式の招待状を受け取ったんだけど、結婚式まではまだ時間があるし、先に御祝いの言葉だけでも伝えておきたくて。」
なるほどな。お節介な彼女の考えそうな事だ。
自分ならば式の当日に伝えれば済む話だろうと思うが、この女はそれまで待てないらしい。
まあ、どうでもいいことだがなとベジータは鼻を鳴らした。
「ほらまたそうやって…友達は大事にしなきゃいけないのよ?て言ってもアンタにはわからないか。友達居なさそうだもんね」
辛辣なブルマの物言いにベジータは眉を寄せる。
今日の彼女は何処となく機嫌が悪いようだ。
困ったなとベジータはどすんとベッドに腰を下ろし足を組んだ。
こういう時のブルマはベジータと一緒にベッドに入ろうとしない。
ならばこの部屋を出て行けばいいだけなのだが、何故かそうしたくない自分がいる。
「まだ掛かるのか?」
「さあね」
彼の方を見ようともせずブルマは曖昧に答えた。
その態度がベジータには気に食わなかった。
ベジータは苛々した気持ちを隠しもせず立ち上がると彼女の腕を掴みその体を机から引き離す。
「ちょっと!何するのよ」
何するも何も今更聞かなくてもわかるだろ?と口の端を吊り上げた。
それにブルマは嫌そうな顔をする。
「今日はそういう気分じゃ無いの!」
「ならばその気にさせるまでだ。」
言うが早いか彼女の顎を掴み深く口付ける。
そして次の瞬間には彼女をベッドに押し倒した。
「んもう~」
何だその牛が鳴くような声は。色気もへったれも無いなと思う。
まあ乗り気では無かったと言うのだから仕方ないのかもしれないが。
「本当に嫌なんだってば!」
ベジータの胸を押して離れようとするブルマにそうはさせるかと彼女の手首を掴んでもう一度深く口付ける。
口では嫌だ嫌だと言う癖にこうすれば彼女がそれに答えずにはいられないことを彼は知っていた。はずだった……
ブルマの口内に舌を滑り込ませ彼女をゆっくりと味わおうと考えていた時、彼の舌に鋭い痛みが走った。
「いっっ貴様何しやがるっ!?」
思いっきり舌を噛まれたのだ。すぐさま彼女から離れ口を手で覆う。
勿論、彼の目は彼女を睨み付けたままだ。
「だって…無理矢理しようとするからじゃない!」
だっても糞もない!とベジータは怒鳴り散らしたい気分だった。
彼は女の気分が乗らないからと自分の欲求を我慢するような男ではない。
それは彼女自身が一番よくわかっているはずでは無かったか?
それでも彼女は彼に抱かれる事を望み、今まで彼に身を任せて来たではないか。
なのに何故、今更そんな反抗的な態度を取るのだ!?
まさかもうこの俺に飽きたと言うんじゃないだろうな?
そんな事は絶対に認められん!
アンタに抱かれるだけで満たされるんだと言っていたではないか!
あれは嘘だったのか!?
初めて、ベジータはその胸に不安が過るのを感じた。
「俺は今までお前を苦しませるような抱き方をした事など一度も無い!」
ひ弱な地球人の女を壊さないようにと彼なりに気遣い、これほど無く優しく接してきたつもりだ。
不満など感じさせないくらいに…とても、とても優しく。それなのに…
「一体、俺の何が不満だと言うんだ!!」
いつも彼女は笑っていたではないか!この腕の中で…
そう、いつも、とろけるような微笑みを浮かべていたではないか!
「でも、結果を気にした事なんてないんでしょ?」
「何…?」
結果だと?彼女が喜ぶ以外の結果など無かったはずだ。
なのにそれ以上の結果を望むと言うのか?どれだけ欲深い女なんだ!
かといってそれ以上の結果など彼は知らない。
女を喜ばせる。それ以上の結果など存在するものか。
だからこれ以上のものを望まれても与える事など出来ない。
「アンタってやっぱそういう奴よね…肝心な事は何もわかっていない」
ブルマが大きく溜息を吐いた。
呆れたと言いたげなその表情がまた彼の気を悪くした。
「言いたい事があるのならはっきり言え!」
意味のわからん御託を並べたてて勝手に呆れるのはこいつの勝手かもしれんが、理由を言わずにそうされるのはムカッ腹が立つものだ。
「わかったわよ。」
ブルマは俯き、数秒間目を閉じるとゆっくりと深呼吸をした。
そして決意は固まったと一回頷くと目を開けてベジータの顔を見た。
「そうよね…ちゃんと言うべきよね。だからちゃんと言うわ」
だから早く言えというのに何故この女は自分をこんなに苛立たせるのか。
それでもベジータは何も言わずただ眉を寄せ彼女の言葉を待った。

「このまま、この関係を続けると……いつかは子供が出来るわ」


その言葉を聞いてベジータは頭がグラグラした。
いや、別に子供が出来るはずは無いなどと考えていたわけではない。
それぐらいの知識ぐらいベジータにだってある。
ただ、今混乱しているのは何故、今それを言うのかということだ。
『出来た』ではなく、『出来るわ』
似ているようでその二つはまるで意味合いが違う。それはつまり…
「俺の子を宿すのが嫌だということか。」
別に自分はそれを望んだわけではない。けれど拒んだわけでもない。
彼女を初めて抱いた時からそういう可能性があることも当然理解していた。
それでも彼女と夜を過ごしてきたのはそうなっても別に困ることはないと思っていたからだ。
しかし、そう思っていたのは自分だけでこの目の前の女はそうでは無かったということか?
ベジータはその顔に自嘲めいた笑みを浮かべた。
所詮、この世には真の意味で彼を受け入れる者など何処にも居やしないのだ。
そう思うと何だか急に頭の中がクリアになった。
「嫌なものを押し付ける気はない。」
そうだ。そんなことをしてもこの女が不幸になるだけだ。
ただの赤ん坊といえども地球人のそれと同じようにはいかないはずだ。
成長すれば尚更、どうなるかわからない。
下手をすれば彼女を殺すような事にならんとも限らないのだ。

ブルマが死ぬ?
…。
………。
何故か考えただけでも息苦しくなった。

終わりにしよう。今すぐに…。

「邪魔したな」
後ろ髪を引かれるような思いだったがベジータはその場を出て行く事に決めた。出来ればこの家からも…。
望まぬ結果で彼女を苦しめる気はない。
けれどこの家に居てはその決意もいつ揺らいでしまうかわからない。
そうなっては困るのだ。俺はこの女を事の他気に入っていた。
それを今頃になって気付くとは何と皮肉な事か。
ベジータは廊下へと繋がるドアを目指して歩き出した。
「ちょっと待ってよ!」
「っ…!」
そうはさせないとばかりにブルマが彼の腕にしがみ付いた。
「どうして勝手に決めちゃうの?私はまだ何も言ってないでしょ?」
何も言ってない?言ったじゃないか!俺の子は産みたくないと。
……。
本当に言っただろうか?
いや、このままだと子供が出来るとは言ったがその先は何も言っていない。
だが、それでもやはり彼女は産みたくないと思っているはずだ。
今夜、彼を拒んだのがいい証拠ではないか
「私は出来たら嫌だなんて思ってないわ!寧ろその逆よ!!」
「!?」
信じられないとベジータは思った。では何故俺を拒んだのだ?
彼は解せないという面持ちで彼女を見やった。
それに答えるようにブルマは言う。
「だってアンタが嫌がるんじゃないかと思って…もし出来てしまったら…。」
ブルマは自分にとってそれが何よりも怖いものだと思った。
自分だけでなく、子供までが彼から拒否を受ければこれほど悲しいことはない。
そんな未来にだけにはしたくなかった。だから今夜彼を拒んだのだ。
「結婚とか夫とか父親の役目とか、そういうのはアンタが嫌なら強要したりしないわ。でも…もしアンタの子供が出来てしまったら、アンタの子である事まで否定されたくないの…」
そう言うブルマの瞳からは一筋の涙が零れた。
「だから…もしもその可能性が少しでも有るのなら…避妊はして欲しいの。でも、それすらも駄目だって言うなら、私は…私は…」
それ以上、彼女には言葉を続けて欲しくないと、ベジータは思った。
その先を言われるのは正直今の彼には耐えられそうにない。
ベジータはブルマが言い終わらないうちに彼女を引き寄せると彼女の背中に腕を回し、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「ちょっ…」
「俺は避妊はしない」
「!…だったら今す…ぐ」
「出来たら勝手に産めばいいだろう!俺は拒否しない!」
喜びもしないかもしれないが…
こればかりはそうなってみないとわからない。
何しろ女に子供を産ませた事など一度もないのだから。
「本当に?」
「ああ…」
だから何も気にせずに今まで通り俺に身を任せていればいいんだ。
そのような気持ちを込めてベジータは深く、それでいて優しく再び彼女に口付けた。
「嬉しい…」
互いの唇が離れた時、彼女はそう言ってその幸せそうな顔を彼に向けた。
それを見たベジータは自分が何か暖かいもので包まれているような気がして思わず彼女を抱く腕に力を込めた。
そっと目を閉じる。暫くはこの余韻に浸っていたい気分だった。


ブルマがその体の変化に気付いたのはそれから約二ヶ月後の事だった。
あの日、ベジータが自分の子供を産んでいいと言った日からそれまで以上に彼と何度も何度も体を重ねた。
彼が言ったとおり彼は一度も避妊をしなかった。
それが何故だかブルマには嬉しく思えた。
今まで見えてこなかった未来が見えてきたような気がしたからだ。
もしかしたら結婚は出来ないかもしれない。悟空とは違って彼には戸籍がないから。
でも作ろうと思えば作れるかもしれない。
世の中には何かの事情で戸籍が無かった人でも戸籍を作れる方法があるみたいだと父さんが誰かから聞いたと話していた。
絶対だとは言い切れないらしいけど…。試してみる価値は有ると思う。
だけど今はまだ急ぐ事はないかなと思う。
何故なら彼にはまだ、しなければならないことがあるから。
だから全てが終わって彼が無事に彼女のところまで帰って来てくれる日まで待とうと思う。

ブルマは自分の部屋の机の椅子に腰掛けた。
赤ん坊が生まれたら友達に頼りを送ろう。きっとみんな驚くことだろう。
結婚のお知らせをすっ飛ばしていきなり出産報告なんてどうなってるんだ!と思われるかもしれない。
でも別にいいかと思う。
私は今まで常識外れな体験をいっぱいしてきたのだ。
今更世の中の枠にはまった生き方など出来るはずがない。
それでも幸せなのだと今ならそう思える。

「調子はどうだ?」
ドアを開け部屋に入ってきたベジータに彼女は答える。
「順調よ」
でもちょっと重くなってきたかな?
ブルマはお腹に目をやりそこを撫でた。
ベジータはそれには全く目をくれずベッドにどさりと腰を下ろした。
彼はまだ実感がわかないらしい。男性は皆そうなのだろうか?
でも例えベジータだけなのだとしても、もう気にはならない。
だって、彼のそういうところも含めて大好きなのだから。

…。
………。
「……………。」
見られている…。とブルマは彼の視線を感じ溜息を吐いた。
幸せの中にも困ったことが一つだけあった。
最近はこの言葉を口にするのがとても辛い。
「そんな目で私を見ても駄目よ。出来ないの」
「ほぉ。そんな目とはどんな目だ?」
「可愛い可愛い私の肌が恋しくて夜も眠れませんって顔よ」
「なっ!?ば、馬鹿野郎!」
「野郎じゃないわよ」
顔を真っ赤にする彼に彼女はクスクスと笑う。
だけど正直、自分もベジータの肌が恋しい…。
「そうだ!毎晩一緒に裸で眠れば良いのよ!そうすればお互いの肌を感じられるわ」
グッドアイディ~ア!アンタもそう思うでしょ?と彼に首を傾げてみせる。
「阿呆ぬかせ。風邪引いて死んでも知らんぞ」
彼は首を横に振った。そう、そうよね。子供がいるんだもんね…。
風邪なんか引いたら大変だ。死にはしないとは思うけど、でも絶対とは言い切れない。
ブルマはがっくりと肩を落とした。
「だが、毎晩一緒に眠るという案は悪くないな。俺はお前と違って寝相も悪くないし危険もないだろう」
「えっ本気?」
体を重ねもしないのに一緒に眠ってくれるなんて。彼がそんなことを言い出すとは思わなかった。
だから彼女はびっくりして彼に聞き返してしまった。
「ああ。本気だとも」
「……。」
口の端を上げてニヤリと笑ったベジータにブルマは嫌な予感がした。
もしかしたら何か別の対処法を見つけたのかもしれない…。
でも…。
「じゃあ、ベジータの荷物もここに運ばなきゃね」
お手伝いはできないけど。
「頑張ってね。」
「お、おい」
手を引いてベッドから彼を立ち上がらせると、ハイハイ行った行ったと彼を廊下に放り出した。
そしてまたクスクスと笑う。

私は間違いなく今幸せだ。だけど、私は欲深いのだ。
気難しくて照れ屋な恋人と数ヶ月後には生まれる我が子。
三人一緒の未来を必ずこの手に掴んでみせる。
そしたらその時はこれ以上ないくらい幸せの便りをみんなに送ろう。

「別に便りは結婚や出産の時だけって決まってないものね!」


おわり


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セルとの戦いの前って、難しいです…。
とても大事な時期なだけに彼らのイメージをぶち壊しにしたりしないだろうかと心配になります。
ちょっとベジータ必死過ぎてたらすみません。汗