Elysium

ネタ帳

星の王子様

その日、カプセルコーポレーションでは取材と称して現れた女性のインタビューに律儀に答えるベジータの姿があった。

事の発端は前日の就寝前、いつものように妻との情事の終えたベジータはぼんやりと天井を眺めながらその余韻に浸っていた。
「ねぇ。ベジータ
「…何だ」
「お願いがあるの」
またか…
「断わる」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
何も言わなくても面倒な願いであることぐらい想像が付く。
特にこのブルマという女はことベジータが拒否したくなる類の願いをする時は決まっていつも情事の後を狙うのだ。これまでもこのタイミングを利用してベジータに無理難題を吹っ掛けてきた事は数しれず、その度にベジータは幸福感の余韻に浸っているその場所から一気に地獄へと引きずり落とされるのだ。
「言わなくていい」
毎度のことながら切実にそう願う。一日の疲れを癒し妻と体を寄せて眠るこの瞬間が最近の彼の何よりの楽しみになっているのだ。
それを下手な彼女の願い事でぶち壊しにはして欲しくない。
「ねぇ〜」
そんな可愛い顔をしても駄目だ。今日という今日は絶対に彼女の術中にだけは乗せられて堪るか。俺は疲れているんだ。早くサイドテーブルのライトを消して眠りたい。
さっさと済ませてしまおう。そう思ってライトに手を伸ばす。
が、もう少しでライトに手が届くかという所で彼の動きが止まった。額に汗が滲み出す。
気付けば彼の足の間に体を滑り込ませ、いやらしい表情を浮かべる妻の姿があった。その手には…
「っ!何をしている!?」
「何って…貴方を喜ばせようとしてるのよ♪」
マズイ……!!このままではっ…。
危機感を抱くも普段のベジータからは想像できないほど、この時の彼の頭の回転は鈍っていた。あれよあれよという間に妻の術中に嵌まっていく。
「くっ…」
やはりこの女は彼の弱点を知り尽くしているのだ。そこがまた憎らしくても愛おしい。

こうしてベジータは今回もまた彼女の願いというものを叶える羽目になった。
つまり、ブルマの知り合いの女からの取材を受けるという願いだ。

「あのさー。聞いてる?」
取材に来ていた女の声が物思いに耽っていたベジータを現実へと引き戻した。
「あ、ああ…すまん。もう一度…」
言ってくれないか?と言おうとしたベジータだったが、それを遮るように女性は喋り出した。
「あのさぁこっちはさ、ちゃんと報酬払うんだから真面目にやってよ。これは仕事なんだよ?アンタだってそんぐらい解って引き受けたんでしょ?それとも何?女だからって馬鹿にしてんの?たまに居るんだよね、こっちが女だからって舐めて対応するヤツ」
「…何だと?」
「聞こえなかった?もう一度言おうか?」
「!」
このベジータ様が聞き逃すわけがないだろう!?一字一句、ちゃんと聞こえたわ!俺が言いたいのは何だその物言いは!?ということだ!!
と、正直怒鳴り散らしたい気分だった。けれど悲しいかな…この女はブルマの古くからの知り合いで絶対に怒らせたり悲しませたりしないで欲しいと彼女から強く言われている。定番の重力室と夜の生活を人質に……。
重力室の方は無くても何とかやって行けるかもしれないが、大事なのは夜の方だ…アレばかりはブルマ無しではどうしようもない。失うわけにはいかないのだ。
ベジータは何とか拳を強く握りぐっと怒りを鎮めると彼女に先を促した。
「いや、いい。続けてくれ」
「そう?じゃあ一応整理しとくよ。侵略者の宇宙人だったアンタはその後の成り行きで他の異星人を倒す為に地球人と共闘、そして不本意ながらも地球に飛ばされて、ここで生活をするようになった。それでライバルが倒したはずの異星人がどうしてか地球にやって来て、えっと、未来から来たブルマとアンタの息子が倒して、三年後の未来を予知して帰っていった。それで三年後、つまり今から言うと数ヶ月前だね、知らされた出来事とは若干のズレがあったものの、その通りになったと。で、次々と現れた敵(一部除く)を何とか皆で倒して今に至る。これでいい?」
まあ、かなり細かい部分は省略されているがそんなもんだろうとベジータは頷きながら答えた。
「そうだ」
「…現実離れし過ぎて普通の一般人が聞いたらアンタ、頭がおかしいと思われるよ。」
「……。」
出来る限りの真実を話して欲しいとブルマや目の前のこの女が言うので真実を語ったというのに散々な言われようである。
しかし、そんな事を言いながらも、この女はベジータが話す間、笑わずに彼の話に真剣に耳を傾けていた。まるで疑う余地が無いというように…。
「…お前は何故、そう平然としていられるのだ?」
「え?」
「今の話だ。お前が今言ったんだろう…俺の話は現実離れしていて普通の人間なら信じないと。見た感じお前はその普通の人間の枠に入る部類の人間だろう。それなのに何故そう平然としていられる?」
「それは…まあ……。」
女は苦笑しながら頬を掻いた。そして…。
「普通といえば普通だけど、何ていうか…縁が有ったんだよ。宇宙人と。初めて出会ったのは30年近く前の話なんだけど。だからかな?宇宙人ってきいてもそうなんだーって思うだけだし、侵略とか普通なら有り得ないような戦いの話もそれまで居ないと思ってた宇宙人が存在してたんだから有り得ない話じゃ無いんだろうなって。」
「何っ!?」
予想外の答えにベジータは目を丸くする。目の前のこの如何にも弱そうで戦いとは無縁の生活に身を置いていそうな女に宇宙人の知り合いが居るとは思いもしなかった。
「そんなに驚く事?ブルマだって超天才ではあるけど普通の人間じゃん。でもアンタと出会って子供まで作ったんでしょ?なら私にだって宇宙人の友達が居たって不思議じゃないでしょ。」
確かにそうだ。だいたい、ピッコロと同化した地球の神だったナメック星人がこの地球に逃れてきたのが何百年も前なのを考えると彼らと同等かそれ以上の文明を持ったサイヤ人以外の宇宙人が今までにこの星を訪れていても何ら不思議ではない。
しかし、何故この女と出会うことになったのかということには多いに疑問が残る。ブルマと違って利用価値など無さそうなものなのに。唯の旅行者だったのだろうか?
「……。」
謎は深まるばかりだ。一体この女はどういう奴なんだ…。

「あら?まだ終わってなかったの?」
ベジータがあれこれと疑問について考えていたそこへ今日の仕事を終えたブルマが肩を叩きながら現れた。珍しく仕事着のままだ。
「お〜ブルマ。もう仕事終わったのかい?大企業の跡継ぎは大変だね〜。ところで取材なんだけどさ〜」
まだ終わってないんだよね〜ハハハと笑う女を尻目に窓の外を見やると空がオレンジ色に染まっていた。時が立つのは早いものだ。つまらん取材の為に午後の貴重な時間をほぼ使い切ってしまった。
「ちょっと話が逸れちゃってさ。私にも宇宙人の友達がいるって話をしてたとこ」
「ああ…あの彼ね。彼、元気にしてるの?」
「元気も元気!この前もうちに来てたよ。相変わらず超エリートとか何とか言ってるけど未だに出世はしてないみたい」
「本当、変わらないわね〜。全然、超エリートって感じじゃないのに」
「ははは!でもそこがアイツの面白いとこだけどね」
「そうよね。ふふふ」
例の宇宙人について話しているようだ。ということはブルマもその宇宙人を知っているということか?ベジータはてっきり今までブルマが異星人の自分に対して何の偏見も持たなかったのは悟空との出会いが影響しているのだろうと思っていたが、実は違うのかもしれないと思い直した。
「どういう奴なんだ?」
その宇宙人は自分たちサイヤ人のように地球人に近い外見をしているのだろうか?それならばブルマたちが恐れなかったのもわかる気がすると思って彼女らに尋ねた。
「どういう奴ってちょっと変わってる人よ。いつも自分の事を超エリートとか言ってるくせに全然そんな風には見えなくて、初めて会った時なんて古い宇宙船に乗せられてて…」
説明しようとするブルマを手で制し黙らせる。
「そうじゃない。外見のことだ」
それに女が答えた。
「外見?いつも上半身にだけ白いプロテクターみたいなの着てて下半身は素っ裸で…」
上半身にだけプロテクターを付けて下半身は素っ裸!?何だそれはと首を傾げる。意味がわからない。
これにはブルマも驚いている様だった。あれって裸なんだ?そんなのおかしいでしょ!とか何とかブツブツ呟いている。
「あっ!そうそう!アイツって頭からオシッコが出るんだ!信じられる!?」
「えっ!?それ本当なの?!」
「何っ!?」
一体どういう構造になっているんだ!?とベジータもブルマも更に驚いた。
これではまるで変人を通り越して宇宙人だ……って宇宙人か。
「本当だよ!私もびっくりしてさ。何たってそれを私に見せるのに実際にやってみせてさ。それでオシッコが……。」
「何?何なの?」
「何でもないよ!今更いいじゃんか!そんなこと!!」
「何怒ってんのよ?彼の排泄の話を持ち出したのは姉さんだからね」
「そりゃそうだけどさ」
下世話な話に狼狽えていたベジータではあるが、ブルマの発言にはもっと狼狽えた。ブルマとこの女が姉妹!?ブルマに姉がいるなど彼女の口からは一度も聞いた事は無かった。彼女の両親であるブリーフ博士たちも同様である。
「姉がいたのか…」
しかし、よく見れば似ているかもしれない。姉の方は髪の色からすると母親ゆずりの部分が大きいのだろう。それにしてもこの無礼千万な女がブルマの姉だったとは…。まあ、考えてみればいかにもだが。
「そっか。ベジータにはまだ言ってなかったわね。名前はタイツっていうのよ」
相変わらずこの家族のネーミングセンスは理解出来ない。
「それで姉さん、ベジータが宇宙人ってのは既に話したと思うけど、実はね、この人って惑星ベジータサイヤ人の王子だったのよ」
凄いでしょと自慢気に語るブルマの言葉に眉を寄せる。
「だったではない。今もそうだ。過去形にするな馬鹿が。現在進行形だ。」
「どっちでもいいじゃないのよそんなこと。相変わらず細かいんだから!」
「お前が大雑把すぎるのだ」
「何ですって!?」
あわや一発触発かと思われたその時、非常に驚くような女の叫び声が部屋に鳴り響いた。言わずと知れたタイツの叫び声だ。
「急にどうしたの!?姉さん」
「わ、惑星ベジータ!?」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「彼からはさっき元侵略者だったとは聞いてたけど、まさか惑星ベジータサイヤ人だったなんて…。」
「えっ?姉さんサイヤ人の事知ってたの?!」
「知ってたも何もジャコがこの星に来たのは、この星に送り込まれたサイヤ人をやっつける為だったんだよ!」
「ジャコ?」
何だ?名前か?それとも雑魚を言い間違えたのか?
「さっきから話してる私の友達だよ!アイツ、銀河パトロール隊員なんだよ」
「ああ…」
銀河パトロールの事はベジータも話に聞いたことがある。彼自身は遭遇した事は無かったが遭遇した者からの話によると中には戦闘力の高い隊員もいてそこそこ危険な上に兎に角しぶとく追跡してくるので鬱陶しいという事だ。ブルマの姉が初めてそいつに出会ったのが30年近く前だということは、おそらくそのサイヤ人とは…
カカロットのことか」
「え?あ…そっかあ、あの時の私ってまだ5歳だったし孫くんは四つ下だから計算は合うわよね。」
「計算は会うってその孫くんっていうのはずっと地球にいたの?」
「そうよ。因みにベジータたちが地球に来たのは孫くんが居たから」
「俺の目的はドラゴンボールだったがな」
「そういえばそうだったわね」
「……。」
それまで血の気が引いていたタイツの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「ジャコのヤツ!危機は回避された喜べとかドヤ顔で言ってた癖に全然回避されて無かったんじゃんか!!逆に別の侵略者寄せ付けて!!!今度会ったらとっちめてやる!」
「ははは…姉さんこわ〜い」
その言葉にタイツはギロっとブルマを睨む。
「笑い事じゃないでしょ!もう気分悪い!!こうなったら意地でもアンタたちから小説のネタになりそうなもの聞いて帰る!ブルマ!ベジータ!アンタたちの馴れ初めを詳しく話しなさい!!」
「えええええ!?」
「何だと!?」
「何よ!アンタたちをモデルに侵略者だった宇宙人と地球の科学者の女の子が恋に落ちるSF恋愛小説を書くんだから!」
「恋愛小説って…姉さんがいつも書いてるのはSF冒険小説でしょ?」
「たまには趣向変えだよ!つべこべ言わずにアンタたち!姉に協力しなさいよ!」
「……。」
これが俺の姉になるのか…。地球の風習には困ったものだとベジータは頭を抱えた。自分と妻の恋愛をネタにされる日が来ようとは…。
冗談じゃない!!
「仕方ないわね〜でも私の事は超美人設定にしてね」
「なっ!?本気か?」
「だってしょうがないじゃない。こうなっちゃったら姉さんは誰にも止められないわよ」
しょうがないでは済まないだろう!と言い返したかったが、どうやってもこの二人には勝てそうにないと悟ったベジータは激しく後悔した。

やはり、あの時、妻の術中に乗せられるべきでは無かったとーー。


それから数ヶ月後、タイツの宣言通り彼女の新作の小説が発行された。
小説の題名は『星の王子様』。
まるで絵本のような題名だが中身はとても子供には見せられないような濃厚な仕上がりになっている。
売れ行きはなかなか好調な様で女性ーー特に主婦ーーに人気らしい。
それにしてもてっきりブルマが主役の恋愛小説かと思いきやベジータが主役になっているのだから彼からしたらびっくり仰天だ。
すぐに販売を中止させようとベジータがタイツの所に殴り込みをかけたのは言うまでもない。
しかし、その怒りを実際に受けることになったのは小説を書いた当の本人ではなく、久しぶりに地球を訪れていたジャコだった。
タイツからは会った早々、地球を危険に晒したと怒鳴られ、それが終わったかと思うと彼女の義理の弟だという人物からは首を締め上げられーー危うく死にかけたーー、彼にとっては今回の地球訪問は散々なものとなった。



おわり