Elysium

ネタ帳

意外な真実

ブルマは遂に自分の堪忍袋の尾が切れる音を耳にしたような気がした。
初めて会ったその日から頭がおかしくて戦闘にしか興味がない変態戦闘マニアだとは思っていたが、目の前の男がここまで愚か者だとは予想していなかった。
元々、非常識な人間でこの前も父さんが大事にしているペットの恐竜を普通の食料と勘違いしてその尻尾を食べてしまうというハプニングがあった。しかし今までの生活が生活だっただけに、あまり責めすぎるのも可哀想かと思って次から食べないという条件付きでその場は許したのだ。
それに…非常識の塊のような人間の彼にも間違いを認め謝罪するくらいの常識を持ち合わせていた事が嬉しくて、あの一件はブルマの中で唯の笑い話になりつつあった。
それなのに…!!

彼は何故ここにいるの?
バスルームなら彼の部屋にもあるはずなのに!
それに一時的にとは言え、住む場所を失ったナメック星人たちを家に招き入れた事で大変な大所帯になった。
だから彼らのためにバスルームとトイレも増設した。
だけどどうしてかな?家の中で迷ったのか、たま〜にこうやってブルマ専用のバスルームを使いそうになってしまう人がいる。
それを見つける度に追い出して正しい場所に案内するのにも疲れた。
だからご丁寧にバスルームの前に貼り紙をしたのだ。
【ブルマ様専用バスルーム】と。
見えなかったなんて言い訳は通用しない。解りやすく赤い太文字で大きく書いて扉に貼り付けたのだから。

正直、今の状況が信じられなかった。
ブルマは長時間の長風呂を終え、すっきりした状態でそろそろ上がろうかと浴槽から立ち上がった所だった。
そしてベジータはこれから入浴するつもりなのだろう、真っ裸で脱衣室から入浴室に通じるドアを開けて中に入って来た所だった。
お互い、予想だにしなかった目の前の状況に文字通り固まることになった。
ブルマは驚きすぎて声が出せなかった。
結果、先に口を開いたのはベジータで、手に持っていたタオルで男の象徴を隠しながら叫んだ。
「き、貴様っ!何見てやがる!?本当に下品な女だな!!!!!」
何みてやがるはこっちの台詞でしょ!?とブルマは思う。
だって先にバスルームを使ってたのは自分だし、何よりここはブルマ専用のバスルームなのだ。文句を言われる筋合いはない。
確かに目の前の男の全身をーーもちろんアレもーー見てしまったけれど、ブルマからしたら相手が急に入って来て勝手に真っ裸ショーを開始したようなものだ。
それをこっちが悪い事をしたような言い方をして!しかも下品な女って失礼にも程がある!!
ブルマは自分の頭に血が上っていくのを感じた。
そして目に付いたボディーソープを男の顔面に向けて投げつけて叫んだ。
「早く出て行きなさいよおぉぉおおお!!このドスケベ!!!」
「ぐっっ!!覚えてやがれ!!!!!」
チンピラが退散する時のような台詞と共に猛ダッシュで消えたベジータ
ブルマの怒りは暫く収まりそうに無かった。

数十分後、ブルマはベジータの部屋のドアを大きな音を立てて思いっきり開いた。
ドシドシと足を踏み鳴らしながら中に入る。
どう考えても先程の件はブルマに非は無かったと言える。だからその事を彼に思い知らせてやろうとここまで来たのだ。
ベジータはどうやら他の場所でシャワーでも浴びたのだろう。まだ乾ききっていない髪にタオルをかけて驚いたようにブルマを見ている。
「な、何を勝手に入って来てやがる!?」
「煩いわね!人のバスルームに勝手に入ってくる奴に言われたく無いわよ!!」
「なんだとぉ!」
「ご丁寧にドアの前にブルマ様専用って貼り紙貼ってあるのに何で入って来たのよ!?アンタふざけてんの!?居候のくせに!」
「な、なんだと!?は、貼り紙だとぉ?」
「そうよ!見えませんでしたなんて言い訳は通用しないわよ!猿でもわかるように大きく赤い文字で書いておいたんだから!!それとも何?アンタは猿以下なわけ?大猿の大将のくせして!!」
「き、貴様っ!俺を侮辱するのか!?」
「侮辱?お望みならいくらでもしてやるわよ!!この変態!!!!!ドスケベ!!!」
ブルマはこれでもかと思うぐらい大きな声で叫んだ。
そして一旦ベジータの部屋から出るとバスルームに向かいドアに貼り付けていた紙を引っぺがすと、再び彼の部屋に戻って、紙をバシッとベジータの目の前に広げて突き出した。
「な、何だ」
「読みなさいよ」
「は?」
「ここに書いてる文字を声に出して読んでみなさいって言ってるの!!」
「何で俺がそんなこと…!!」
「読めって言ってんの!読まないならあの宇宙船ぶち壊すわよ!」
ベジータがあの宇宙船に付いてある重力装置を気に入っている事をブルマは知っていた。何度も壊しては父さんを困らせている事も。
修理で疲れ果てた父親を見るたびにブルマは何度も腹を立て本当に宇宙船を解体してやろうかと思ったことも数しれずある。
今もその気持ちは変わらず、膨れ上がる一方だ。
「……。」
「どうしたのよ?早く読みなさいよ!」
しかし、一向に読まれる気配はない。遂には数分が経過してしまった。
読まれるのを待ってるブルマは段々と落ち着かなくなってきた。
そんなにこれを読み上げるのが嫌なのだろうか?さっさと読めばいいものをそこまで躊躇する理由がわからない。
ブルマは張り紙の裏から顔を出しベジータを伺った。すると彼は眉間にしわを寄せ文字を凝視している。
まさか字を間違えてるとか?不安になってブルマは書かれている文字を確認した。けれど間違ってはいなかった。書かれている文字はいたって正しいものである。
では何故……?
ふとそこである事に思い至りまさかと口をポカンと開けてしまった。
まさか…いつも偉そうにしてるこの人に限ってあり得ないでしょう?と思い首を振りかけた。いや、でも本当にブルマが思ったことが正しければ…?
「ま、まさか字が読めないなんて事は無いわよね…?」
恐る恐る尋ねてみる。するとハッとしたようにベジータがブルマを見た。
「字ぐらい読める!!」
「だったら…」
「た、ただこの星の文字を学習した事が無いだけだ!!」
ブルマは驚いて目を丸くした。ベジータは屈辱感を感じたのか顔を背けている。
会話が普通に成り立っていたから考えもしなかった。まさか字が読めないなんて。でも思い返せば不思議な事ではないのかもしれない。
スカウターの文字をブルマが読めなかったように彼らが地球の文字を読めない可能性は充分にあった。
でも何でナメック星人は読めたのだろう?文字を理解していたからこそ貼り紙をしていたあのバスルームを使いに来なかったのでは無いのだろうか?まさかただの偶然?
しかしブルマはある事に気付いた。
ピッコロだ。ピッコロなら地球の文字を読むことが出来るだろうし、それをナメック星人たちに伝えてベジータには伝えなかったのもわかる気がする。
たぶんピッコロは今でもベジータらが自分を殺した事を根に持っているのだ。当たり前と言えば当たり前だろう。何しろ殺されたんだから。
ピッコロからしたらご親切に書かれている事をベジータに教えてあげる義理もない。
ブルマは急に可笑しくなって笑い出した。
「わ、笑うな!殺すぞ」
「やーね、物騒なこと言わないでよ。」
言いながら今でもクスクスと笑うブルマを見てベジータの顔は真っ赤だ。普段は偉そう突っ張ってても意外と可愛いところもあるじゃないと思う。
そして何かに思い至りベジータに向かってビシッと指を突き出した。
「ここで生活したいなら読み書きくらい出来るようになりなさい!」
「なんだとっ!?俺に命令する気か?」
「するわよ〜何てったってアンタにはあんな高価なおもちゃーー重力室のことーーを与えてやってるんだもの!ていうか文字も読めないのによく重力装置を使えるわね?」
「……。」
「あっ!適当にいじくり回してるのね!?だから直ぐに壊れるんだわ!」
「あ、あれは貴様らが作った機械がへぼいからだろう!」
「へ〜そんな事言っていいのかしら〜〜?今度壊しても修理してあげないわよ〜?父さんにもそう伝えてやるんだから!」
「き、貴様っ」
ブルマの怒りはとうに収まりつつあった。今は目の前の男をからかうのが楽しくて仕方が無い。
「ふふっ冗談よ!」
「なにぃ?」
「もう!そんなに怒らないでよ。」
フンッと顔を背けるベジータにブルマはまた笑った。
「でも…本当にこの星で生活していくなら文字が読めないと困ると思うの。突っ張ったって他に行くところが無いんでしょ?故郷の星ももう無いって孫くんの兄貴ってのが言ってたわよ?だから覚えましょうよ。ね?私が教えてあげるから」
ベジータは顔を背けたまま答えようとはしない。ブルマは溜息を吐いた。
しかし構わず続ける。
「見たところ孫くんよりは歳が上っぽいからもう学校には行けないわよ。まあ行こうと思えば行けるかもしれないけど大の大人が子供に混じって読み書き習うのは恥ずかしいでしょ?」
「おい」
「あっ!でもアンタ宇宙人だから戸籍が無いわ!やっぱり学校は無理ね!ごめんごめん。」
「俺はまだ習うとは…」
「心配しなくても大丈夫!このブルマさんに任せとけば一ヶ月もしないうちに読み書きぐらいマスター出来るわよ!これでも私、16歳の時に大学から特別講師を頼まれた事もあるのよ?教えるのは得意なの!」
「おい!話を聞け!」
「早速、明日から始めましょうね!こういうのは早ければ早い方がいいのよ!じゃあそういうことで!おやすみ〜♪」
「あっ!おいコラッちょっと待…!」
抗議しようとするベジータの話も聞かず、ブルマは勝手に話を進め、言いたいことを言いながら部屋を出て行った。バタンとドアが閉まる。
部屋に残されたベジータは閉ざされたドアをただ呆然と見つめるしかなかった。
そして我に返るとチッと舌打ちした。
「この俺様が地球の文字を覚えるだと?……くそったれ!!」

その日の翌日、ブルマから文字の読み書きを習うベジータを一部の住民が目撃し、居候たちの間で大騒ぎになったとか…。



おわり